金融の世界では、リスクを数字で示し、判断の材料にする場面が多くあります。ただ、数字が一つあることで分かりやすくなる一方で、その数字だけでは見えない部分もあります。
とりわけ市場が大きく揺れる局面では、どの数字を見て、何を前提に考えるかによって、リスクの見え方は変わってきます。本インタビューでは、金融リスクをどう捉えるべきかについて東京都立大学の吉羽要直 教授にお伺いしました。

東京都立大学 大学院経営学研究科 教授
吉羽 要直/ Toshinao Yoshiba
【プロフィール/略歴】
1993年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、日本銀行に入行。調査統計局、金融研究所、金融機構局企画役、金融研究所ファイナンス研究グループ長などを経て、2021年東京都立大学大学院経営学研究科(ファイナンスプログラム)教授。2006年から統計数理研究所リスク解析戦略研究センターで客員教員(現在に至る)。2011年に総合研究大学院大学で博士(統計科学)を取得。所属学会は、日本統計学会、日本ファイナンス学会、日本金融・証券計量・工学学会、日本経営財務研究学会。
一つの指標では捉えきれないリスクをどう考えるか
FXインフォメーション合同会社(以下FXI): 金融の世界では、リスクを「一つの指標」や「分かりやすい数字」で表そうとする場面が多いと思います。先生の研究は、そうした考え方に対して、どんな問題意識から始まっているのでしょうか。
吉羽氏: リスク指標という意味では、四半世紀ほど前から金融で「バリュー・アット・リスク」が使われ始めました。
例えば99%のバリュー・アット・リスクというのは、それ以上の損失が出る可能性は1%しかない、そういう値のことを指します。
一般にはリスクというと標準偏差を使うのが一般的ですが、標準偏差は上がるときも下がるときも同じように捉えるものです。
一方、金融の世界では、損をする方をリスクと考える意識が強いので、損失に着目した指標としてバリュー・アット・リスクが導入されてきました。
ただ、私が以前から考えていたのは、そうした指標が本当にリスク指標として適切なのかという点です。
99%のバリュー・アット・リスクだと、それを超える損失については何も捉えていません。すごく大きな損失が起こるかもしれないし、そうではないかもしれません。その部分が押さえられていないわけです。
そこで1990年代後半には、バリュー・アット・リスクではなく「期待ショートフォール」を使った方がよいのではないかという議論が出てきました。
99%の期待ショートフォールであれば、99%のバリュー・アット・リスクを超える損失の期待値を見ることになります。巨大な損失も捉えられるので、規制の世界でも、市場リスクについては従来の99%バリュー・アット・リスクから、97.5%の期待ショートフォールに変わってきました。
私は25年ほど前に、バリュー・アット・リスクと期待ショートフォールの違いを分析していました。その後、リーマンショックなどを経て、バリュー・アット・リスクでリスク管理してよいのかが規制上の問題になり、巨大損失を織り込める期待ショートフォールで考えようという方向になりました。
なぜ99%のバリュー・アット・リスクから97.5%の期待ショートフォールに変わったのかというと、損益の分布が正規分布のようなきれいな世界、つまり巨大損失が起こりにくいケースでは、99%のバリュー・アット・リスクと97.5%の期待ショートフォールはほぼ同じ水準になるからです。
少しだけショートフォールの方が大きくなりますが、同等の水準と見てよいです。
つまり、巨大損失も織り込みつつ、もし損益の確率分布をうまくコントロールして正規分布に近い形にできていれば、必要な資本の量はほぼ同じ水準になります。
一方で、コントロールできず、巨大損失が起こりうるポジションを組んでいるなら、その分だけ期待値が大きくなるので、より多く資本を積んでください、という考え方になったということです。
そういう意味で、一つの手法で表そうとする研究もしていますが、全体としては、巨大な損失が起こりうる状況をうまく把握できるように、確率分布の構造を表現しようというのが私の研究のモチベーションになっています。
FXI: 例えば、単一指標だけを信じた結果、判断を誤りやすい典型的な場面というのはどのようなケースがあるのでしょうか。
吉羽氏: 先ほどの99%バリュー・アット・リスクでいえば、1%のところで巨大な損失が起こる可能性があります。
99%を超える損失について何も考えていないので、ものすごく大きな損失が、すごく低い確率かもしれませんが起こるような状況でも、それは捉えられません。
そういうことが生じれば、見逃すことになります。
最後は困ってしまうので、やはり複数の観点でリスクを捉えた方がよいと思います。
99%バリュー・アット・リスクでもよいのですが、ショートフォールでも見てみるなど、規制とは別に複数のリスク指標で確認しておくのがよいと思います。
FXI: 一つの指標が間違っているというより、一つだけでは抜け落ちる部分がある、ということですね。特に、めったに起こらなくても影響が大きい損失は、見落としたときの代償も大きいと分かりました。
吉羽氏: そうですね。そうした部分も含めて指標を見ておくことが大事だと思います。
複数の金融データのつながり方を見る意味
FXI: 先生は、複数の金融データの「つながり方」に注目してリスクを分析されていますが、データ同士の関係を丁寧に見ることで、従来の方法では見落とされやすかったどんな違いや兆しが見えてくるのでしょうか。
吉羽氏: 伝統的には、複数の資産の収益率を見るとき、それぞれも正規分布で、同時に見るときには多変量正規分布で捉えるのが標準的な手法です。
そのとき、つながり方は相関係数で捉えることになります。
しかし、つながり方をもう少し詳細に見てみると、複数の資産変動が同時に生じうる確率、つまり同時分布を、各資産ごとの周辺分布の関数として見る考え方があります。
これを接合関数、コピュラ(copula)といいます。多変量正規分布で考える場合は、そのつながり方の部分を正規接合関数あるいは正規コピュラで捉えていることになります。
例えばある資産が下落したときに、もう片方の資産も下落しやすいかどうかを考えると、普通に考えれば、市場が急落しているときには全体として下がっているので、複数の資産を持っていても同じように急落しやすい状況になっていることが想定されます。
しかし、正規コピュラで捉えていると、そういう状況がうまく捉えられないという問題があります。
そこで私は、同時に下落するときの強さをなるべく表現できるような統計モデルを考えることをメインテーマにしています。
これは裾の従属性(tail dependence)と呼ばれるものですが、それをうまく表現するモデリングを考えているというのが、私がやっていることです。
FXI: ふだんは別々に動いているように見える資産でも、市場が大きく崩れる局面では一緒に下がる可能性があるわけですね。
平常時のつながり方だけではなく、厳しい局面でどう連動するかを見ることが、リスク分析では重要になるのだと感じました。
吉羽氏: それをやることで、同時に下落することも捉えられるようになります。
その分、リスク指標はやや大きめになりますが、その指標に応じて資本を準備しておけば、そうしたことが起こっても耐えられる体制になるのではないかと思ってやっています。
不確実さが大きい市場とどう向き合うべきか
FXI: 市場が不安定なときほど、「過去のデータを信じてよいのか」という迷いが生まれます。不確実さが大きい状況に対して、どのように向き合うべきだと考えていますか。
吉羽氏: これは結構難しい話です。不確実という言葉には、ファイナンスでも理論的には二つの概念があります。
一つは、これまでお話ししてきたように、損益の確率分布を考えるという前提の中でのリスクです。
リスクを捉える上では、確率分布を考えることがベースになっています。つまり、確率分布は分かっているという前提で話しているわけです。
二つ目は、そういう確率分布自体も分からないという状況です。
これは別の不確実性とされていて、ナイトの不確実性とも呼ばれます。どう分布するかすら分からない、非常に曖昧な状況のことです。こちらについても考え方はありますが、アカデミックにもかなり難しい、先端的な分野です。
一方で、確率分布は分かるけれど、市場が不安定で、直近で想定されるボラティリティ、つまり変動性が大きいという状況はよくあります。
これに対しては、確率分布の中のボラティリティ、標準偏差の部分が変わっていくと考えます。今ボラティリティが大きいと思うなら、大きいことを前提としてリスク管理をするというのが、学術的によく行われる考え方です。
一般にどう向き合うべきかという意味では、変動性がどの程度あるかを認識できる場合には、それを考慮して投資などを考えたらよいと思います。
例えば、ボラティリティはVIXのような指標がありますし、日経225についてもボラティリティ・インデックスがあります。
そうしたものは市場で取引されているオプション価格から導出されるので、どの程度の変動性があるかという市場の期待が入っていると考えられます。参考にはなると思います。
しかし、ボラティリティ・インデックスは単に市場の変動性だけを示しているわけではありません。
分布すら分からないような不確実さや、ボラティリティが大きい分だけ上乗せしてオプション取引をしようとする動きなども反映して、大きめに出る可能性があります。
そのため、保守的に使うのも一つですし、その点も考慮して使うことも考えられます。
FXI: 不安定な局面では、過去の数字をそのまま当てはめるのではなく、足元の変動性がどう見られているかを踏まえることが大切なのですね。また、参考になる指標があっても、それが何を含んだ数字なのかまで考えて見る必要があると分かりました。
吉羽氏: 数字を見るときには、その数字がどういうものを含んでいるのかも含めて考えることが大切だと思います。
数字を見るときに意識したいリスクとリターンの考え方
FXI: 日々の仕事や投資判断の中でリスクと向き合っている読者に向けて、「数字を見るときに意識してほしい視点」や「判断を誤りにくくする考え方」があれば教えてください。
吉羽氏: 一般的に言えば、やはりリスクとリターンということになると思います。
リターンといっても、それが確定しているわけではなく、期待されるリターンです。
期待されるリターンが大きいものに投資しがちだと思いますが、リターンが相対的に大きいというのは、たいていリスクも大きいということだと思います。
ですから、リターンが大きいから投資するということではなく、どういうリスクがあるのかを見た上で、このリターンなら取りに行く、というふうに考える必要があります。
期待リターンも過去の実績から出てきたものかもしれませんし、それに対していろいろな考え方もあるでしょう。
見かけ上の過去の実績による期待リターンとリスクとの関係だけではなく、そうしたことも加味しながら、自分の考えで投資していくことを考えるのがよいのではないかと思います。
また、仕事で向き合っている場合には、損が出ているときになかなか損切りできないこともあると思います。
個人投資家で資金に余裕があれば持ちこたえるということもありえますが、仕事でやっている場合には、リスクの許容範囲を先に決めておいて、それを超えたら諦める、という形で進めるべきではないかと思います。
別のところに投資を切り替える方が妥当な場合もあるでしょう。損切りがなかなかできないというのは、よく言われる話だと思います。
FXI: 投資判断という点だけに絞った場合、特に避けるべき思い込みのようなものはあるのでしょうか。
吉羽氏: 慣れていない人だと、過去の実績でリターンが上がってきているものは、そのまま続くと思って投資することが多いと思います。
そこはやはり、リスクがどの程度あるかを常に意識する必要があります。
投資信託のように、いろいろなところに分散しているものへの投資であれば、過去の実績値を見ればよい面もあると思いますが、個別の資産に投資するケースは特に注意が必要だと思います。
そこで損が出てしまったら、それで確定してしまいます。
一方で、分散投資をしていれば、片方で損をしても、もう片方で埋め合わせることができるので、リスクは軽減されます。
そのため、初心者の方には、「リターンだけにとらわれるな」ということを伝えたいです。
常にリスクを意識して、どんなことがリスクなのかも考えながら投資しないといけないのではないかと思います。