決算書の数字は、同じ企業でも「どの会計ルールで作られているか」によって、見え方が大きく変わることがあります。数字そのものは間違っていなくても、前提となる処理が違えば、利益や資産の印象が変わります。
会計ルールの違いが比較や判断にどんな影響を与えるのか。本インタビューでは、会計の考え方やルールの違いがもたらす見え方の差について愛知学院大学の西海 学 教授にお伺いしました。

愛知学院大学, 経営学部 教授
西海 学/Satoll Nishiumi
【プロフィール/略歴】
2004年横浜国立大学大学院国際社会科学研究科博士課程後期修了、博士(経営学)。
福井工業大学工学部専任講師、University of Victoria, Visiting professorを経て現職。
会計ルールが違うと、数字の見え方はどう変わるか
FXインフォメーション合同会社(以下FXI): 同じ企業であっても会計の考え方やルールが違うと、数字の見え方はどの程度変わるものなのでしょうか。
西海氏: 会計の考え方やルールとなると、日本の会計基準と国際会計基準、アメリカの基準のように、国や基準で違う場合があります。
よく指摘される相違点の例として、企業結合したときにのれんが出た場合、日本ではのれんを規則的に償却して、その後費用として配分し、かつ必要に応じて減損を行います。。
一方で、国際会計基準やアメリカの基準では、企業結合でのれんが出たら、その後は費用化せず、資産の金額として据え置いて、減損を行います。
そのため、日本の企業が国際会計基準を採用した場合と日本の基準を採用した場合では、基本的に国際会計基準を採用した場合の方が、償却費が計上されない分だけ、後の期の利益の値は大きくなります。
FXI: 同じ企業でも、のれんの扱いだけで利益の見え方が大きく変わり得るのですね。比較の前提として、どの基準で作られた数字かを押さえる必要があると理解しました。
西海氏: 国際会計基準を採用している企業の例としてソフトバンクがあります。その財務諸表を見ると分かりやすいのですが、国際会計基準を採用しているので、のれんを償却しません。結果として、貸借対照表にのれんが資産の金額として大きく載ってきます。
一方で、もし日本基準を採用していたならば、のれんが少しずつ費用化されていくので、財務諸表に載っているのれんの金額はそれほど大きくならない、という違いが出てきます。
付け加えると、国際会計基準を採用している場合はのれんを償却しないため、のれんが額が大きくても小さくても後の期の利益に変化がないことにより、のれんを過大に計上しようとする誘因が働きます。一方、日本基準を採用していると後の期にのれんは償却するため、過大なのれんを計上する誘因はあまり起こらないと言えます。ルールの違いは、会計政策上や利益マネジメント上の違いも生じます。
日本基準と国際会計基準を見比べるときに、差異は他にもありますが、数字が大きく違うところとしては、こののれんが代表的かなと思います。
FXI: 会計のルールの違いを知らないまま比較してしまった場合だと、どんな誤解が起こりやすいのでしょうか。
西海氏: 昔よく言われていたこととして、棚卸資産の処理があります。先入先出法や平均法といった手法ですね。
昔は、いつ仕入れたものがいつ売れたかが分からないので、先に仕入れたものから先に売れたと簿記で処理するのが先入先出法でした。一方、仕入れた額の平均の金額で単位あたりの売上原価売とするのが平均法です。
物価変動などで仕入額が上昇しているとき、先入先出法だと安く仕入れたものが先に売れたことになるので売上原価が小さくなり、利益が大きくなります。
平均法だと、先に仕入れた低い仕入れ原価と後に仕入れた高い原価が平均されるため、先入先出法に比べると利益が小さくなります。財務諸表には、期中で先入先出法を使っているのか平均法を使っているのかが書かれていますが、それを知らないと「この会社は利益が伸びている」と思ったら、実は当期から平均法から先入先出法に変えていた、ということもあり得ます。
簿記や会計の処理によって利益を操作する可能性があるので、知らないと、本当は利益が増えていない状況なのに、利益が増えていると勘違いしてしまうことは、あり得ます。
FXI: 利益の増減が「実力」なのか「処理の違い」なのかを見誤ると、比較そのものが崩れてしまうのですね。財務諸表に書かれている採用手法まで見ておく必要がありますね。
西海氏: 他にも減価償却のやり方で利益の出方は変わります。定率法や定額法のどちらを使っているかで、利益が出やすい処理か、出にくい処理かが変わるので、一方が先入先出法と利益が出るような減価償却を使い、もう一方が平均法と定率法で利益が出にくい処理をしているなら、その点を考慮して比較しないと、うまく比較できなくなる、ということはあるかなと思います。
FXI: 先入先出法と平均法で利益が大きく見える・小さく見えるという話がありましたが、その二つの場合のときは、企業の実力差なのか、ルールの違いなのかはどのように見分ければいいんでしょうか。
西海氏: 基本的には、処理の違いで数字が違っているだけです。
同じものを仕入れて同じように売ったとしたら、先入先出法を使うか平均法を使うかで数字上の結果が違うだけで、実力差は実はないんですね。
見分けるという点の一つは、売上の金額がどういうトレンドを辿っているかといったところで、その会社の業績がどうかを判断するのかなと思います。売上は基本的に販売が実現した事実が計上されますが(操作される可能性はありますが)、最終的な利益は種々のルールの組み合わせによるので、数字上のコントロールが介入している可能性があるため、利益だけで判断いない方が良いと言えます。
FXI: 利益だけを見て「強い・弱い」と決めつけず、売上の動きなども含めて捉える必要があるのですね。
西海氏: なお、日本の場合は、税法の関係もあって比較的穏やかです。
税法上の費用である損金として計算するには、会計上費用として認識した金額がベースとなります。
企業は税金をできるだけ抑えたい誘因があり、その点では費用を多く計上して利益を抑えたい。一方で、市場の投資家などには利益が出ているように見せたい。そこで、費用の計上するにあたり、税法で損金にできる金額の上限で計上しようという行動をとりと考えられます。
つまり、日本会計基準を使っている企業は、基本的にどの企業も税法上の損金参入の上限で費用を計上するので、日本基準同士なら比較はしやすいかと思います。
ただ、国際会計基準になると話は別になってくる、ということですね。
海外と日本の会計の違いは、企業評価にどう影響するか
FXI: 海外と日本で会計の考え方が異なることで、企業の評価や判断に違いが生まれる場面には、どのような例がありますか。
西海氏: 近年は日本と海外で会計の考え方の大きな違いはなくなってきています。
国際会計基準が出て、各国の会計の考え方をできるだけ統一して、どこの国の財務指標でも比較できる状態にしようという、会計手法を修練させようというプロジェクトが90年代ぐらいから進んできました。
日本やアメリカも、可能な限り国際会計基準に寄せていく調整をしてきています。
会計の基本的、概念的なところは大きな差異がないと言われていますが、その中で、日本と国際会計基準で大きく違うと言われるのは、利益計算の考え方、特に収益の捉え方です。
FXI: 「海外と日本で違う」と聞くと大きな断絶を想像しがちですが、統一の流れが進んできた背景があるのですね。
西海氏: 国際会計基準の場合は、資産の価値が増加した、負債の価値が減少したら収益が発生したと捉えます。
一方で、日本はそれだけでは収益の認識としては甘いとして、昔の言葉で言うと「実現」、今の日本の会計基準だと「リスクからの解放」という考え方が入ります。
資産の価値が増加しても、その不確実性が十分になくなって、リスクから解放されたといえるなら収益としてよい、という考え方です。
例えば上場株式なら、買った株価が上がっていれば、すぐ売却すれば確定できます。
こういう収益はリスクから解放された収益といえます。
逆に自社ビルのように売却するつもりもなく、かつ簡単に売却できないものは、仮に資産価値が増加していてもリスクから解放されていないので収益ではない、というように、日本の方が収益認識は厳しくに捉えていると言う違いがあります。
買収・投資で「数字に出にくい価値」が判断を左右する理由
FXI: 企業の買収や投資の場面では、数字として表れにくい価値をどう考えるかが重要になりますが、なぜそこが判断を左右するのでしょうか。
西海氏: 投資をするときに、平均的な利益率より多くの利益が獲得できる見込みがあれば投資する価値があるといえ、プラスの利益率があるかどうかがポイントになります。
例えば銀行からお金を借り入れて10%の利息が取られるとします。その時はある投資案の10%が利益率では、利子費用を回収するだけとなっているため、不十分な利益率になります。ですので、10%超の利益率がないと利益は出ません。だから、平均的に10%ぐらいだと言われたらやらない、もっと高い利益率のものに行くことになる、という判断になります。
FXI: 収益性のラインがある以上、平均的な見込みにとどまる投資は選びにくい、ということですね。
西海氏: 超過利益がどのようなメカニズムで獲得できるかというと、実物財などが持っているパフォーマンスポテンシャルだけではなく、それをどう活用するか、活用できる人材がいるか、ノウハウがあるかがポイントになります。
特に買収のときは、買収先が資産を持っていて人材もいて一定の収益力があるとしても、そこに高いお金を払って買収する価値があるかは難しい。自社で追加投資や人材育成、市場開拓ができ、その方がコストもかからないなら、買収による追加の利益が得られるわけではないので、買収する必要はないでしょう。
しかし、相手に自社にはないノウハウや人材、あるいは新たなマーケットへのアクセス権があるなら、それが追加の利益を生み出す力になります。
そこをどう評価するかが買収のポイントになります。
FXI: 具体的には、どういう判断が起きるのでしょうか。
西海氏: 最近聞いた話で、買収がうまくいかなかったケースとして、関東のオーケーというスーパーマーケットがあります。
オーケーが関西になかなか進出できず、関西のマーケットを持っていない。
そこで関西スーパーという関西のマーケットを掴んでいる会社を買収し、オーケーのノウハウを注入すれば利益率を獲得できるだろうと考えて、関西スーパー上場以来最高値というかなり高い買収額でTOBnoオファーを出しました。しかし、関西スーパーが反発して阪急・阪神の持株会社のH20ホールディングスに助けを求め、結果的にH2Oが買収する形になりました。
オーケーが関西スーパーを買収しようとした理由は、自身がアクセスできていない関西の顧客がいて、オーケーのノウハウと組み合わせることで、超過利益が出せるという判断した、というところにあります。
H20もコロナで経営能力が落ちていたこともありますが、特に業績が向上したわけではありません。 H2Oにとってh関西スーパーは、そもそも市場、顧客は重なっているため、追加的顧客は得られない中での買収をしてしまった。H20は関西スーパーをホワイトナイトのように助けるための買収だったので仕方がない面もありますが。
買収や合併により、より企業価値が上がるかどうかは、マーケットや人材、ノウハウなどの数字に出にくい無形の要素が、追加的に獲得でき、それが買収企業の経営能力によって、より高い経営成績を生み出せるということが重要な点になっていると言えるでしょう。。
数字は万能ではない前提で判断を誤らないために
FXI: 決算書や数字に苦手意識を持つ読者に向けて、「数字は万能ではない」という前提で、どのように向き合うと判断を誤りにくくなるか、アドバイスをお願いします。
西海氏: 数字は万能ではないという話で、大学一年生のときに統計学の授業で「統計学は何のためにやるかというと、人を騙すためにやるんだ」と先生が言ったのをよく覚えています。言い換えれば、数字、統計値の持つ性格や意味を知らないと、判断ミスをさせられる側になってしまうわけです。
財務諸表もそういう面があって、日本の会計基準の一番上に企業会計原則があり、一般原則の最初に真実性の原則があります。
そこで言っているのは、会計の数値は絶対的な真実ではなく相対的真実に過ぎない、ということです。
財務諸表に載っていることが絶対的な真実を表しているわけではなく、何かの基準やルールに従って正しく計算するとこの数字になる。という意味で相対的真実ということになります。
先入先出法なら利益が大きく出る、平均法なら小さく出る。でもどちらもルールとして認められているので、どっちも相対的真実を持ってしまう。書いてある数字は間違っていないけれど、絶対的なものではない、ということですね。
FXI: 数字は「正しい/間違い」で切れるものではなく、ルールに沿って成立している、ということですね。読む側が前提を意識しないと、相対的な真実をそのまま絶対視してしまいそうだと感じました。
西海氏: そこから先は自分の判断が必要になってきます。そのときに、こういうケースは利益が出る、こういうケースは利益が小さくなる、ということを理解するには、ある程度会計の知識が必要になってくるかなと思います。
FXI: 数字に苦手意識がある場合は、どこから見ればよいでしょうか。
西海氏: 簿記や会計は数字を使うので、文系の学生でも「数学をやらなきゃいけないのか」と感じて不人気になったりします。
しかし、決算書に書いてある数字は数字ではあるんですけれど、どちらかというと言語かなと思います。
会計は英語で“accounting“ですが、“account“は説明するという意味です。
そのため、会計の本来的な意味は、企業が自分の会社がどういう状況にあるかを周りに説明することです。
説明するにあたって、数字での説明が客観性が高いので数字で説明するようになりました。
さらに、数字で説明するために簿記の記録を活用することで、簿記と会計がつながっていたのです。
財務諸表を見るとき、数字乗られると思わずに、この会社は自分の会社をどう説明しようとしているのかな、という気持ちで捉えると分かりやすくなると思います。
企業を見るときに、最初のうちは、売上高など特に重要である指標に注目していけば良いと思います。全ての細かい数字まで判断する必要はないと思います。また、株式投資などの場合なら、ここ1年、ここ数年の売り上げが四半期でどう動いているかといったトレンドが見られればいいかなと思います。
最初は慣れないでしょうが数字を日本語だと思って、何を言いたいのかな、というのを見るのが大事ですね。英語など他の言語の勉強と同じで、まずは基本的な数値を読みとれるようにするといいでしょう。
FXI: 判断を誤りにくくする、という点ではどうでしょうか。
西海氏: その点については、やっぱりある程度の財務諸表の知識があるかどうかかなと思います。
会計不正を行う企業は後をたたず、知識のない人が騙されるような数字を出してくることがあります。精巧な操作もあれば、そんなのすぐバレるだろうということも行われてきてます。
例えば売上が今年予定より不足ないときに、売上が減っているように見せたくない場合に、掛で売ったことにして、架空売上計上することがよくあります。
商品は周知の取引先にとりあえず送り、掛売りしたことにして、決算が終わったら商品を戻してもらう。そうすると決算書の売上は嵩上げでき、ごまかせます。
売上の嵩上げを行ったとき、動くのは数値としての売上と売掛金で、実際のお金は動いていません。
財務諸表には貸借対照表、損益計算書のほかにキャッシュフロー計算書がありますが、損益計算書では売上や利益の数字を作れても、キャッシュフロー計算書の数値は動かないことになります。
会計が分かっている人だと、そこで「この会社は、売上に対して売掛金が増えている。一方、キャッシュフローは増加していない。ちょっとおかしいことをやっている可能性があるな」と判断できるでしょう。このように、判断を間違えないようにするには、ある程度、簿記、財務諸表の知識があるといいかなと思います。
財務諸表は、簿記の記録から作成されますので、最初は簿記の簡単な流れをしておくといいかと思います。