テレワーク時代の意思決定を支える条件とは

オンラインで情報共有が進んでも、意思決定の質が下がったと感じる場面は少なくありません。テレワーク下では、共有しやすい情報と、共有しにくい情報が分かれ、その差が判断に影響することがあります。

意思決定の質を保つには、どこが弱くなりやすいのかを捉えたうえで、組織としてのコミュニケーションを設計していく視点が欠かせません。本インタビューでは、テレワーク下の意思決定と学習のポイントについて京都先端科学大学の安達房子 教授にお伺いしました。

目次

情報共有が進んでも意思決定が難しくなる理由

FXインフォメーション合同会社(以下FXI): テレワークが当たり前になった組織では、情報共有はできていても意思決定の質が下がる場面があると感じますが、先生はこの変化をどう捉えていらっしゃいますか。

安達氏: この問題は、情報共有のレベルと意思決定のレベルを大きく分けて捉える必要があります。オンライン上では膨大なデータを共有できますし、メールやチャット、オンライン会議など電子コミュニケーションツールも充実しています。
ただし、オンラインで共有されやすいのは、言語化できたり数値化できたりする知識、専門用語でいう「形式知」の領域です。

一方で、意思決定に本当に必要になるのは、形式知そのものだけではなく、その背後にある文脈や意味です。仕事のノウハウや価値観、判断の勘所など、言語化しにくい「暗黙知」まで含めて共有されることが、特に非定型的な意思決定では重要になります。

情報のレベルも段階があります。たとえば「一日のアイスの売り上げが十万円だった」というのは、加工されていない客観的なデータです。そこに意味づけを加えて「売り上げが昨日より倍あった」と説明すると情報になります。

さらに「気温35℃以上だとかき氷が売れる傾向がある」と整理して法則や仕組みとして説明できる段階が知識です。

もう一段上になると、判断基準として活用できる、いわゆる知恵の段階になり、「気温35℃以上の予報が出たら在庫リスクも考慮しつつかき氷を多めに発注する」といった意思決定につながっていきます。

オンラインでは情報の共有までは可能でも、意思決定に必要な暗黙知の共有や、判断基準の形成まで進めるのは難しくなります。対面であれば身振りや表情、間、場の雰囲気など非言語情報を通じて暗黙知を共有しやすいのですが、オンラインでは相手を知る手がかりが限定されるため、意図やニュアンスが十分に共有されず、判断の前提が崩れやすくなります。

社員が地理的・時間的に分散すると、暗黙知の共有がしにくくなることが、意思決定の質に影響します。
さらに意思決定そのものにも、定型的意思決定と非定型的意思決定があり、実際の仕事はその混在です。伝票処理や定型書類の作成など、明確な手続きが存在する定型的意思決定は、テレワークでも質に大きな差は出にくく、今後は自動化やAI活用が進む領域です。

問題になるのは、協働が必要となるような非定型的意思決定です。

新商品のアイデア創出や複雑な顧客要望への対応、経営方針に関わる判断などは、暗黙知の共有や相互解釈が前提になります。

対面が減ると発言タイミングの取りづらさや微妙なニュアンスの読み取りの難しさが出て、意見の創発や深い議論が起きにくくなり、質が低下する可能性があります。

ただ、オンラインで世界中の人とコミュニケーションできることで、地理的な制約を克服し、多様性を取り入れやすくなる面もあります。コミュニケーションの設計次第で、質を維持したり創発を生み出したりする条件もあります。リーダーシップとして方針を浸透させること、そしてテレワークで減りがちな雑談など非公式なコミュニケーションを補う工夫が重要になります。たとえばオンラインで週に一度お昼休みにコーヒーブレイクタイムを設けるなど、人間関係をつくり、暗黙知の共有を進める工夫が必要だと思います。

FXI: 情報共有が進んでいるように見えても、意思決定に必要な文脈や暗黙知、判断基準の共有が難しくなることで、質が下がりやすいということですね。定型と非定型で影響の出方が違う点も理解できました。

安達氏: そうですね。特に協働する非定型的意思決定は、暗黙知や相互解釈が前提になるので、テレワーク下ではコミュニケーションをどう設計するかが大きく関わってきます。

FXI: テレワーク下でも意思決定の質が落ちにくい組織ってどんな共通点があったりしますか。

安達氏: 後半でもいろいろお話ししますが、やはりコミュニケーションを意識して取るようにしているところです。テレワークだとコミュニケーションが取りにくくなるので、上司も部下も、コロナ前にインタビューした企業では意識してコミュニケーションを取るようにしていて、それでうまくいっているという話がありました。

加えて研修などを通じた社員教育、管理者教育も工夫されています。遠隔地で働く人たちがどう意思決定の質を高め、モチベーションを高めていくのか、教育している。
さらに、テレワークが可能になる文化をつくるところまで取り組んでいる点も大きいです。評価制度も、長時間働いていることを重視する考え方だとテレワークの業績を見るのが難しいので、成果で見る方向にシフトして組織文化をつくる。もともと成果で見る文化があったからうまくいった、というケースもあります。

コロナ禍で急にテレワークを入れた会社は原則出社に戻ってきているところも多いのですが、コロナ前から定着している会社は試行期間があります。ある部署でテスト期間を設け、うまくいっている会社は上司など上の階層から先にやってみる。その結果を社内報やネット上の社内報で広めていくような地道な努力が見られます。

FXI: 仕組みや研修だけではなく、評価制度や文化づくり、試行のプロセスまで含めて取り組んでいる点が共通しているのが印象的でした。

安達氏: テレワークは制度だけで完結しません。評価や文化と結びつけて、コミュニケーションを意識的に設計していくことが重要になってきます。

対面が減ると弱くなりやすい意思決定プロセス

FXI: 先生は電子コミュニケーションが意思決定を支援する可能性を研究されていますが、対面が減った組織では、意思決定のどの部分が特に弱くなりやすいとお考えでしょうか。

安達氏: 意思決定にはいろいろ理論がありますが、基礎的な理論として、ハーバード・サイモン氏が意思決定を4つのプロセスに分けています。

1つ目が情報活動で、意思決定が必要となる条件を見極めるために情報を収集する段階です。まず意思決定が必要かどうかを見極めるために情報を集めます。

2つ目が設計活動で、問題内容に合う代替案を発見・開発して分析します。

3つ目に選択活動で、設計された代替案のうちから一つを選択します。

4つ目が再検討活動で、過去の選択結果を再検討します。

このプロセスで、テレワークで特に弱くなりやすいのは最初の情報活動だと考えます。
オンライン上で共有できる情報は暗黙知までは届きにくく、形式知レベル、つまりデータや情報のレベルにとどまりやすいからです。

そのため、意思決定が必要となる条件を見極めるための情報が、対面が減ることで弱まる可能性があります。

たとえば営業の現場で、お客さんの困りごとを聞いてデータベースに上げるとき、細かい情報は切り取られ、最低限言語化できる情報がアップされます。

それを見た人が詳細まで解釈できるかというと、解釈する側の問題にもなり、暗黙知まではわからないため、その情報を見て「すぐ対応しないといけない」と気づけるかは厳しくなるのではないかと思います。

ここで感度が弱まると、環境変化に組織として対応できなくなります。だから情報活動は非常に重要です。

設計活動はAIなどで支援できるようになってきていますし、代替案をたくさん出せる可能性は高くなっています。

ただ、最後に選択するとき、AIは暗黙知まで共有できないため、生成AIの限界という話にもつながります。どの段階でも問題はあり得ますが、やはり最初の情報収集が特に弱くなりやすいと考えます。

FXI: どこで判断が難しくなるのかを「情報活動」に焦点を当てて整理していただいたことで、対面減少の影響がより具体的に見えてきました。現場の情報が切り取られやすい点も納得感があります。

安達氏: 情報活動が弱まると問題発見が遅れます。その結果、組織としての対応が遅れるので、ここをどう補うかが重要になります。

ダブルループ学習が起こりにくくなる背景

FXI: 先生の研究で扱われている「ダブルループ学習」は、テレワーク中心の組織ではなぜ起こりにくくなるとお考えでしょうか。

安達氏: まずダブルループ学習が何かというと、今まで当たり前と思われていた価値観や考え方を変えて、次の新しいステージに変化・変革させていく学習です。

組織の仕組みだけでなく、製品やサービスなど、いろいろなことが関係します。
ダブルループ学習はシングルループ学習とセットで語られます。

シングルループ学習は、組織の目標があって、その目標をもとに手段を考えて、目的達成のために行動していく、日常的に行われている学習です。

一方ダブルループ学習は、当たり前とされている目標や方針、前提そのものを問い直す学習です。

これを起こそうとすると、対話が不可欠だと言われます。顔を合わせて「何のためにその目的があるのか」「自分たちはどういう考えでそれをしているのか」を炙り出していかないといけません。オンラインのミーティングでやろうとすると、やはり限界があります。対面でも難しいのに、オンライン上で行うとなるとさらに難しくなります。

ただ、オンラインにもメリットはあります。
多様な人が関わり、多面的な意見が聞けるので、新しい発想を持ち込んでもらえる利点があります。

しかし、自分たちが信奉している理論や当たり前の前提を問い直すのは大変難しい。クリス・アージリスという研究者は、対面の会議やミーティング、研修会、セミナーなどで膝を突き合わせて意見交換することが、ダブルループ学習が起きやすい条件になるかもしれないと言っています。

なぜ難しいのかというと、当事者自身が価値観を暗黙知として共有していて、それが当たり前になっているからです。もう一つは、前提を疑うことは対立を生みやすく、対立するような意見を言いにくいという点です。アージリスは、そこに防御的思考があると言っています。コンフリクトや意見の相違を最小限にしようとし、問題が起きても背景や動機を直視せず見過ごしてしまう。人はそうした性質を持つので、自分の価値観や考え方を出したがらないのです。

最近では心理的安全性という観点でも、自分の価値観を炙り出して対立を起こすことは心理的に不安定になり、起きにくいと言われます。テレワーク中心だと対面の機会が減り、組織文化の手がかりを得にくい、信頼の構築に時間がかかる、深い対話の機会が減ることで、さらに起きにくくなります。

ただ、テレワークの組織で絶対に起きないかというとそうでもなく、対面での場を設けることもできますし、議論が対立して収拾がつかなくなったときにファシリテーターが違う視点を持ち込むなど、工夫で起こすことはできます。

加えて、日常的にテレワークをしている会社については、年に何回か対面で全国から人を集めて意見調整する機会があると聞きます。人間関係をつくる工夫です。

コロナ前からテレワークがうまくいっていた会社は、新入社員にはテレワークをさせず、入社三年目など一定の年次になって、組織文化や人間関係をつくれた人が上司の許可を得てテレワークできる、といった運用もありました。

信頼関係があれば対立が起きても乗り越えられる可能性が出てくるので、そうした工夫が必要です。

FXI: 前提を問い直す学習は、対話の深さや信頼関係が前提になるからこそ、オンライン中心だと難しくなるという整理がよくわかりました。場づくりや運用の工夫で可能性をつくれる点も印象に残りました。

安達氏: ダブルループ学習は「起こそう」と思っても簡単には起きません。だからこそ、対話の場や関係性の土台をどうつくるかが重要になります。

学び続ける組織に必要なコミュニケーション設計

FXI: テレワーク下でチームを率いる立場の読者に向けて、組織が学び続け、判断の質を保つために意識すべきことを一つ教えてください。

安達氏: 最も重要なのは、コミュニケーションを戦略的に組織の中で設計することだと思います。

なぜコミュニケーションが必要かというと、チェスター・バーナードという組織論の基礎をつくった研究者が言うように、組織の構成要素には共通目的、構成員の貢献意欲、コミュニケーションの三つがあります。

コミュニケーションをしっかりすることで目的を共有でき、構成員のやる気を引き出すこともコミュニケーションで行う必要があります。

テレワークが長期的になり、対面のコミュニケーションが分断されると、対面で暗黙知まで共有できていた部分が弱まり、目的や方向性の共有、社員の感情、働こうという気持ちを引き出すことが難しくなってきます。

だから、コミュニケーションをどう設計して、目的や方向性を共有するかが重要です。目的の共有は、意思決定の判断基準につながります。意思決定をしようとしたとき、組織としての方向性が明確なら、複数の選択肢の中で何を選ぶべきかが定まりやすくなります。

また、対面で上司と会話して「今日元気にしてる?」といったやり取りがあるだけで、「気にしてもらっている」と感じて仕事を頑張ろうと思えることがあります。

テレワークでは、上司は見えないところで本当に働いているのか不安になり、嫌がられることもありますが、部下側も「ちゃんと働いているのに評価してくれるのか」と不安になります。対面なら働いている姿を見てもらえますが、それがない分、コミュニケーションによって「ちゃんと働いている」と伝わることにも意味があります。

さらに、テレワークでは雑談や会議後のちょっとした会話、すれ違いざまの会話が減ります。そうした非公式な対話では、データベースや報告書には上がっていない細かいことを引き出せたり、深いところまで共有できたりします。

だからこそ、非公式な対話の場づくりが必要です。オンライン上のお昼休みにコーヒーブレイクを設けるなど、非公式な場を長期的にテレワークをしているところほど意識的につくる必要があります。

会社に行くメリットとしては、机の配置や表彰が飾ってあるなど、会社が何に力を入れているかを知る手がかりが得られるというものです。テレワーク中心のときは、チームを率いる側が方針を絶えず発信していくことも必要になります。

もう一つ、コミュニケーションは伝達する側と受け取る側がいますが、リーダー自身が感性を磨くことも重要です。

形式知レベルの分析はAIが担えるようになると思いますが、人間は非定型的な意思決定や創造性が必要になります。

直感や感性を磨き、AIが提示したことを自分が判断して、問題だと感じるか、対処すべきか、自分なりにどうアレンジするか、意思決定しない意思決定も含めて考える力が必要です。問題発見力や判断基準を磨くこと、そして多様な人の意見を受け止めて創造性につなげる、コミュニケーションの結節点になる力も求められます。読書やセミナー参加、リスキリングなどでアンテナを張り、学び続けることが必要になると思います。

FXI: 判断の質を保つために、目的・方向性の共有から非公式な対話の場づくり、そしてリーダー自身の感性や判断基準まで、コミュニケーション設計が幅広く関わっていることがよくわかりました。テレワークでは「減るもの」を前提に設計し直す必要があると感じます。

安達氏: テレワークは放っておくと分断が進みやすいので、戦略的にコミュニケーションを設計し、目的と判断基準を支える土台をつくることが重要です。

FXI: 「ハイブリッド勤務」を取り入れている会社は、どのように使い分けるのが一番効果的でしょうか。

安達氏: それは仕事の切り分け、まず扱い分けが大事です。会社の方針として、創造性が必要だからテレワークをしない、という考え方を取るところもあります。

介護や育児の期間限定で仕組みがある場合はありますが、原則として対面を選ぶという企業もあります。

ハイブリッドで進める場合は、仕事の棚卸しが必要です。

仕事の性質によって、テレワークのほうが生産的にできるものと、対面でやったほうがよいものがあります。インタビューした会社の例では、報告書を書くなどはテレワークでやるとはかどるのでテレワークで進める。一方、商品やサービスを共同で開発するなど、膝を突き合わせて問題発見や解決法をみんなで考えるような仕事は、暗黙知まで共有しやすい対面のほうがやりやすいです。

うまくいっている会社は、仕事の棚卸しとして自分の仕事を整理し、「これはテレワークで済む」「これは出勤時にやる」と切り分けています。

さらに金曜日などに顔を合わせ、部署全体でどんな仕事があるかを共有し、「来週はこの仕事を在宅でします」といった形で棚卸しをしている例もあります。こうした共有がないと生産性が落ちることもあります。

切り分けをどうするかについては、テレワークしたときにやりやすかった仕事や、こういうやり方をしたらうまくいったという知見を、社内報やオンラインの共有、マニュアルなどで共有しているところもありました。

FXI: 仕事の性質に合わせて棚卸しを行い、切り分けの判断そのものを共有していくことが、ハイブリッド運用の要になると感じました。

安達氏: 仕事をどう切り分け、どう共有するかを継続して整えていくことが、テレワークと対面を両立させるうえで重要になってきます。

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