リスクを読み解く力はどこから身につくのか――企業と個人の判断軸を考える

リスクマネジメントは、教科書を読めばすぐ身につくものではありません。まずは基本的な考え方を本などで整理し、その上で、経済や政治の状況にアンテナを張りながら実践を重ねていくことが大切になります。

本インタビューでは、金融機関と一般企業におけるリスク管理の考え方の違いから、リスクの優先順位の付け方、資源価格変動への備え方、そして不安に振り回されずに判断するための心がけまでについて、武蔵大学の茶野 努 教授にお伺いしました。

目次

金融機関はストック、一般企業は収益変動が焦点になりやすい

FXインフォメーション合同会社(以下FXI):銀行・保険会社のリスク管理と、一般企業(メーカーやIT企業など)のリスク管理で、考え方が違う点はありますか?

茶野氏:まず最初に申し上げたいのは、統合リスク管理(ERM)では、リスク管理は収益管理と裏表の関係にあると言うことです。

そして金融機関は銀行も保険会社も、ストックベースの仕事をしています。預金残高や保険契約高といったストックに対して利益が生じるビジネスモデルです。

そのため、財務諸表で言えばバランスシートをベースに管理します。よく使われるのがバリューアットリスク法です。資産や負債の価値変動を見て、その差額である純資産(株主価値)がどのように変わるかを確認するのが金融機関の基本的なリスク管理の考え方です。

一方で一般事業会社は、バランスシートよりもどちらかというとキャッシュフローが黒字になっているか、収益が費用を上回っているかフローベースのリスク管理がより重要になります。金融機関がフローベースを軽視すると言うわけではなく、あくまで相対的な話しですが。

一般事業会社では、顧客の嗜好変化による売り上げの増減、インフレによるコスト増などが収益変動に強い影響を与えます。この点が、金融機関のリスク管理との大きな違いです。

FXI:金融機関は資産や負債の変動を軸に、一般企業は収益の安定性を軸にリスクを見ている、という理解ですね。

茶野氏:はい。金融機関と一般事業会社ではコントロールする対象が相対的に異なると言うことです。


FXI:一般企業が金融機関のやり方を“そのまま”取り入れてもうまくリスク管理できないと言うことですか?

茶野氏:金融機関は、株価や為替、金利といった金融リスクを管理するのが中心です。これらは先物やオプションなど、ヘッジできる市場があります。

一般事業会社も為替などの影響は受けますが、それ以外の要因で売り上げなどがアップダウンする影響がより大きい。そして、売り上げが落ちたとき、それを直接カバーする手段はほとんどありません。

輸出入企業が為替の先物で部分的にヘッジすることはありますが、それ以外の収益変動はカバーしにくい。金融機関と同じ発想で管理しようとすると、対応できない部分が多くなってしまいます。

優先度は期待値だけでなく確率で切り分けるのが基本

FXI:リスクの優先順位はどう決めるべきでしょうか?「影響の大きさ」以外に見るべきポイントがあったら教えてください。

茶野氏:影響度は、被害想定金額(エクスポージャー)とそれが起こる確率を掛け合わせた期待値で考えるのが一般的です。

例えば、百億円の損失が0.1%の確率で起きる場合と、一億円の損失が10%の確率で起きる場合は、期待値で見ると同じになります。

ただ、実際にどちらを優先して「潰し」にいくかというと、確率が高いほうです。不正や事務ミスのように発生確率が高いものは、内部管理やコンプライアンス強化で防げます。

一方、発生確率が低い、たとえば大規模災害などは、日常的な対策ではなく、保険や自己資本で備えることになります。被害想定金額と確率を切り分けて考えることが重要です。

FXI:被害の大きさと確率を分けて考え、対応の仕方を変えるということですね。

茶野氏:そうです。これがリスクマッピングの基本的な考え方です。

FXI:なるほど。確率の高いものは内部管理で潰し、低いものは外出しなど別の手段で備えるわけですね。
FXI:リスクの優先順位を決めた後、現場が動けるように“やること”へ落とす時の最低限の粒度(テンプレート)はありますか?

茶野氏:事象によります。地震対応と不正対応では、必要な部署や手段がまったく違います。

定型的なテンプレートに落とし込むというより、ERMの枠組みの中で、リスク管理を統括する部署が判断し、どの部署がどう対応するか指示を出すことが重要です。

優先順位だけで単純に現場任せにすると、組織が混乱します。常に中核となるリスク管理者がいて、事象ごとに対応を判断していくことが基本になります。

短期はヘッジ、長期は国の戦略として考えやすい

FXI:先生はコモディティや資源価格の研究もされていますが、資源や原材料の価格が大きく動くとき、国や企業はどう備えるべきでしょうか?

茶野氏:短期と中長期に分けて考える必要があります。企業にとってより重要なのは短期的な価格変動への対応です。

原材料価格が上がったとき、それを転嫁できなければリスクです。そのため、短期的には先物やオプションを使ってヘッジすることが重要です。コモディティのデリバティブ市場は発達しているので、そこで適切にリスク対応することが求められます。

国の対応は中長期的な話です。エネルギーや資源のグローバルな調達構造が変わる中で、新しい資源をどう開発するかを含めて総合的戦略が必要になります。これは国家のエネルギー戦略の問題です。

FXI:企業は短期対応、国は長期戦略という役割分担ですね。

茶野氏:そうですね。

FXI:なるほど。時間軸で役割が分かれるわけですね。
FXI:ヘッジ(先物など)は、どんな目的・条件なら“やる価値がある”と言えますか?逆に危ない使い方はありますか?

茶野氏:先物市場には、ヘッジファンドのような投機目的の投資家と、実需を持つ当業者がいます。

私が言っているヘッジは、原材料やエネルギーを実際に使う当業者が、価格変動に振り回されないために使うものです。投機目的で価格変動に乗って利鞘を追求すると、本来のリスク管理から外れてしまいます。

価格の乱高下に惑わされず、事業を安定させるためにデリバティブ市場を使うことが重要です。

基本を教科書で整理し、市場を見ながら実践で磨く

FXI:景気や制度が変わりやすい時代に、「不安に振り回されずに判断する」ために、読者が今日からできる心がけを教えてください。

茶野氏:まずはリスク管理の基本的な考え方を、教科書などを読んで整理することが大切です。たとえば数式などは理解できないとしてもそれは大切なことではなく、思考法、大仰に言えば思想を理解することが重要です。

その上で、経済や政治情勢に常にアンテナを張り、市場の動きを見ながら実践を重ねていく。実践によって感覚が磨かれます。

FXI:基礎を作った上で、日々の実践を重ねることが大切なのですね。

茶野氏:はい。

FXI:なるほど。知識と経験を行き来するイメージですね。
FXI:今日からできる心がけを、行動に落とすとしたら具体的に何を1つやればいいですか?

茶野氏:例えば、外貨預金をやってみるのは良いと思います。為替は毎日動き、ニュースとも結びついています。

個別株式ほどリスク要因が多くないので、経済や政治の状況変化が価格にどう影響するかを感じ取りやすい。為替レートを見ながら、自分なりに考えることから始めるのが分かりやすいと思います。

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